給料は我慢の対価ではないという話

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tetsuji22

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こんにちは。世界の底辺サラリーマンです。

今日は「給料は我慢の対価ではないという話」について、思うところがあったので書いてみたいと思います。

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我慢の対価として給料をもらっている人たち

最近部署異動があって、転校生のごとく、とある担当へ少数派として配属されました。

で、その部署の人たち、ボスを筆頭に帰宅が遅い遅いこんなご時世に午前様とかやっています。

朝一の会話は「昨日は何時までやってたんすか」「12時だよ~」とか。

 

で、そんな中自分は6時には会社を出て白目を剥かれる、いや白い目で見られるという。

部署が変更になった時は大体こんなハードモードです。数か月もするとこっちのモードに引きづりこんだりできるんですけどね。

 

で、どうも話を聞いていると、この帰宅が遅い人たちの思考って、「遅くまで残って我慢した」ことや「顧客の無理に我慢して耐えたこと」が仕事になっているんですよね。

「我慢したこと」が報酬や評価につながると。だから上司より早く帰るなんて「我慢が足りない」から、評価が下がってくるわけです。

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給料が我慢の対価の人たちと働くとどうなるのか

で、給料が我慢の対価の人たちと働くと、一般的には自分も我慢をしなければならなくなります。

だって、我慢をしないと評価をしてもらえないから。

だから「我慢をして遅くまで残るし」、「我慢をして客や上司の理不尽にも耐えます」。

で、結果どうなるのか。

給料が我慢の対価の人たちと働くと、尋常じゃないストレスが溜まって人生が破壊されます。

毎日遅くまで残らないと出世ができないし、白目をむかれるので(白い目で見られる)、必死こいて残業します。

残業が目的の残業です。

で、帰宅は遅くなり、趣味の時間も家族と過ごす時間も子供と遊ぶ時間もすべてなくなります。

こんな人生は本当に最悪です。

だって、何も成し遂げていない、むしろ残業代で会社に損失を与えているのに、自分の生活も台無しにされるんだから。

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与えた価値に応じて給料をもらうべく思考を変えよう

こんな感じ、我慢の対価が報酬って考えには意地でも染まらないようにしています。

すると出世は運が悪いとできなし、運がよければできるっていう状態になります。

会社では超不安定ですね。

でも、生活が大事にできて、生活が安定すると人生が安定してストレスもだいぶ減ります。

 

どうすると「我慢が報酬」と言う考えから脱出できるのか。

「与えた価値が報酬」だと考えるようにするしかないですね。っていうかこれが正しいんですが。

何も価値を生み出していない残業も、理不尽な要求にこたえているだけの仕事はやめてしまいましょう。

「どんな価値を与えられるか。与えてきたか」

給料は与えた価値の対価だと考えるようにしましょう。

すると、結構すっきりします。周りが白目を剥いていても気にせず定時で帰って帰宅ができます。

 

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給料が安いと感じたら

それで給料が安い、「与えた価値の割に給料が安い」と感じ時には二つの採るべき行動があります。

転職活動をする

一目は転職活動ですね。自分の与える価値にみあった給料をだしてくれる会社を探しましょう。

少なくとも我慢が対価になっているような会社にいるよりはマシなところを見つけるのです。

会社では手を抜いて自分のビジネスに注力する

会社では「報酬の分だけ働く」ようにするのも手ですね。

で、余力と余った時間は自分のために使いましょう。

自分で副業でも考えて、自分で自分に報酬を与えましょう。副業、マジで楽しくてオススメです。

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さいごに

「我慢の対価として給料をもらう」働き方は、まじでしんどいし、そろそろ終わりを迎えるはずです。

だって、何も価値を生み出していない労働に、会社は報酬を出す余力がなくなっているんですから。

働き方改革っていって、残業代を絞り始めてることからも自明です。

で、働き方改革で残業が減っても、会社の業績が悪くならないことからも、「残業が我慢の対価」で、何も産み出していないってのがわかりますよね。

とっとと考え方を変えましょう。給料は与えた価値の対価なのです。

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